知覚心理学

知覚では、「体制化(まとめようとすること)」という働きが備わっています。まず視覚で「赤」はとらえています。感覚と知覚の違いについては、どんなものだとみなさんは考えますか?まず、感覚で周りのものを見たりできる、ということはわかりましたよね。しかし、それが「車」であるかどうかは、「車」がどのようなものなのかをあらかじめ知っておかなければなりません。

感覚心理学について、前に簡単に述べましたが今度は知覚について少し説明しておこうと思います。そうしたら見たものが「何」であるかを認識するためには、自分の記憶と照らし合わせていく必要があるのです。このように二通りに見えるのですが、一通りしか見えなくなってしまう。このように大脳の働きによって過去の経験などを呼び起こして物事を認識することを、心理学では「知覚」と呼び、感覚と区別して考えています。

だまし絵とよばれる絵で、二通りに見えるものがありますよね?ある人には若い女の人に見えるし、ある人には老婆に見えてしまう。例えば「赤い車」を見たとします。このように私たちの脳は体制化の働きによって効率よく世界を認識させてくれるのですが、逆にそのために正しく認識できないことがあります。心理学の講座、受けてみたくなりますよね。

錯覚、と呼ばれるものなのですがやはりおもしろいですよね・・・・。つまり私たちの日常生活は、周りの状況を感覚と知覚でとらえることで成り立っている、と心理学では考えるのです。日常の言葉とは少し違う使い方になるので、やはり心理学の講座では注意したほうがいいでしょうね。

記憶心理学

私たちは普通3歳ぐらいから前のことは覚えていません。一方「エピソード記憶」とは、特定の時間や場所と結びついている個人的な体験・出来事についての情報、あるいはその出来事同士の関係についての知識です。そして、エピソードを記憶し思い出すには言語が必要だからというのもまず一説です。たとえば、昨日の昼、中学時代の友達と映画を見に行った後心理学の講座を受講した、といった記憶のことです。

乳幼児にも記憶能力はあるのに、なぜそのころのことは覚えてないのでしょうか。「記憶についてなんて、心理学の講座で学ぶようなことなの?」と考える人もいるかもしれませんが、心理学とは前も述べたように様々な分野と絡んでいるので見逃せませんよ。まだまだ解明されてないことも、このようにたくさんあるのですね。この記憶により、もともとは単なる数字の羅列である電話番号を覚え、「朝と夜の長さが同じになる日は一年に何回あるか」といった問いに答えることができるのです。

記憶の仕組みについては、様々な理論モデルがありますが、1972年に「意味記憶」と「エピソード記憶」という2種類の記憶に分類したモデルがE・ダルヴィングによって発表されました。知覚が成立するためには、記憶などの情報との照らし合わせが必要だと前に述べました。これにはまだ定説はないのですが、言語を用いない乳幼児のころは非言語的な形で記憶が保存されるので、言語を使う成人には取り出せないのだ、という説がまず一説にあります。また、乳幼児の脳には誰が何をどうしたのかということを理路整然と生理するだけの容量がないという説などがあります。

「意味記憶」とは、物事についての系統だった知識(概念・アイディア・事実など)のことです。これらには単語やシンボル、単語同士の関係などに関する知識も含まれます。ここでは記憶について少し考えて見ましょう。

記憶のメカニズム

心理学の講座を受講するうえで、記憶については少しおもしろいところなので追加して述べておきたいと思います。
まず物事は3つのプロセスを経て記憶されます。その3つとは、記銘・保持・想起(再生と認識)の3段階です。
「記銘」とは、物事を頭のなかなどで反復したり(これをリハーサルという)、イメージを膨らませたりして記憶しようとすることです。
例えば電話番号を覚えるのに、何度も復唱し、年代を語呂合わせで覚えようとすることがこれにあたります。
「保持」とは、記銘によって記憶されたことがらを、長く保っておくことですが、これは外からは観察しにくいことです。
次の「想起」が可能かどうかで、記憶が保持されているかどうかが確認できるだけなのです。
「想起」とは、保持されたことを思い出すことであり、「再生」と「再認」の2種類があります。再生とは、記憶内容を言葉などであらわすことです。
再認とは、すでに経験したことのあるものをそのとおり確認できることで、たとえば知っている歴史上の人物の名前が試験に出たとき、その名前が既知のものであるとわかることなのです。

自分がよく通った道の幅が、行ってみると意外に狭かったということがあなたにも経験としてあると思います。
これは記憶が「変容」しているといえるのです。
記憶されたことがらは、再生されるときにある部分が強調されたり、単純化されたりして、もとのものとは変化するといわれるのです。
また、記憶は個人の定義によっても変化すると言われています。
犯罪などの現場での目撃証言は、その個人がどの程度犯罪者にとって偏見のようなものを持っているかによって、「目撃」しているのにも関わらず同じ証言にはならないというのも知られたことですよね。

心理学の講座を受講することによって、このような人の記憶の面白さにふれてみるのもいいのではないでしょうか。

感情心理学

心理学では感情をどう定義しているのか見てみましょう。これらの区別は日本語では曖昧ですが、英語でははっきり区別されています。このように感情と言っても専門的には複雑で多岐にわたるものでありますが、心理学の研究では生理的指標が明確な「情動」が中心になっています。「気分」は特定の刺激は持つことがなく、環境などに影響されることが多く、強度は弱いが比較的永続的な心的作用を指します。

英語で感情はフィーリング、つまり「瞬間的、皮膚的感覚」な側面があり、これが通常「感情」とされます。記憶にも生理学的な基盤があることを見ましたが、生理的過程と深く結びついている心の働きに「感情」があります。そのほかにも、ムード(気分)、パッション(情熱)、センティメント(情操)などの類語があります。そこで、これらの言葉をここで整理しておこうと思います。

アフェクションには対象に向けられている側面があり、「情感」と通常は訳されます。これも講座を受講するときの基本知識として知っておくとスムーズだと思われます。専門的な定義としては、「情動(情緒)」は喜怒哀楽をあらわす表現のように比較的激しく、筋緊張や心拍数の上昇などの身体表出がともなうことが多い、一過性の心の作用を指します。

「感情」は、広い意味では情動・情熱・気分・情操などを含む概念ですが、狭い意味では強度や身体表出の少ない、快?不快の次元で捉えられる心の作用を示します。しかし感情と言っても、情緒や情動、情感など、ほかに似たような言葉がいくつもあり、それぞれどう違うのか、心理学の講座の受講生にはわかりにくいと思われます。そしてエモーションには「動き」という側面があり、これは「情動」と訳されます。

学習心理学

心理学の講座を受講する以前の基礎知識として、これまで見てきた感覚・知覚・情動は生理的反応と密接な関係にあることが理解されたと思います。しかし、次の有名な実験を見て欲しいのです。

心理学では一般的に「学習」を、「経験の結果生じる、比較的永続的な行動の変化」と定義するが、パブロフが生理学の実験中に偶然観察した事象より発見した、この「古典的条件付け」こそ、さまざまな「学習」研究の出発点になったのです。このように、無条件反射(唾液分泌)には無関係だった刺激(餌をみること、ベルの音)が、無条件刺激(餌を口の中で知覚すること)と結び付くことで、無条件反射と同じ反応(条件反応)を引き起こすようになることを「古典的条件付け」といいます。

ロシアの生理学者I・パブロフは、犬の消化腺機能について研究していたのですが、実験に使われていた犬が、しばらくすると餌を見ただけで唾液を出すようになったことに気がつきました。しかし、「学習」というと、生理学とは関係の薄い、知的な働きを講座の受講生は連想するのではないでしょうか。

彼は、ベルの音など、そのほかいろいろな刺激が唾液分泌をうながす条件(これを条件刺激という)になりえることを発見したのです。そこから彼は実験と観察を繰り返し、餌が口に入ったとき(無条件刺激)の唾液分泌は、犬が生まれながらに持っている反射なので、これを「無条件反射」と呼び、一方餌を見るだけで起こる唾液分泌は、犬が一定の条件(餌を知覚すること)と結びつけることによって獲得した反応であることから「条件反射」と呼んだ。

知能心理学

知能を最初に測定する最初の試みをしたのは、フランスの心理学者A・ビネーです。このテストから論理的な部分を測る言語性知能の測定のほかに、より感覚的な動作性知能の測定が加わり2側面からのIQ診断が可能となったのです。その後、知能には論理的に物事を考える知能のほかに、感覚的な知能もあることが主張され、1939年にはアメリカの心理学者D・ウェクスラーによってウェクスラー式知能検査が考案されました。

心理学の講座を受ける人たちにも、きっと耳にしたことのある知能検査ですよね。これが、ビネー式知能検査なのです。ビネーは1905年、パリ市の教育委員会から依頼されたもので、知的障害児を見分けるテストの作成を引き受けました。

多くの人は、それを「IQ(知能指数)」の高さと結び付けますが、心理学における「知能」の定義には実は様々なものがあります。このビネー式の検査は改訂を重ねた結果、今日では結果を知能指数で示すようになっています。学校のテストの成績は、一般に「頭の良さ」を示すと考えられています。

抽象的に物事を考える「思考する力」であったり、経験から学んでいく「学習能力」であったり、新しい環境に直面してもうまくやっていける「適応能力」だったりします。この検査は1歳レベルの問題から、抽象的な言葉の意味を答えてもらう成人レベルの問題に至るまで、年齢ごとに簡単な問題から順次難しい問題へと移っていく構成になっています。心理学の講座を受けると、このように日常と違う使い方をする言葉が本当にたくさんありますね。

認知心理学1

「推論」や「直感」といった機能が人間にはあるために、それぞれが固有の知識内容を形作り、個人差が生まれるからです。こうしてコンピュータを人間に近づけるために、知能というよりも人間の認識の仕方を総合的に研究しようとする分野が、「認知心理学」と呼ばれる分野なのです。しかし、どれほど優れたコンピュータでも人間とは多くの点でことなっています。これと同じような情報処理システムとコンピュータに持たせた結果、コンピュータは人間よりさらに多くの情報を処理するようになっています。

コンピュータにはこういう機能は十分ではありません。このコンピュータは開発当初から、私たち人間の頭脳と似た働きをすること、いわゆる「人工知能」としての役割が期待されていました。心理学はこのように、新しい分野を次々に作りだしているのですね。人間が未知の状況に遭遇すると、今までの知識を使って結論に達しようとします。

心理学の講座とコンピュータが繋がっているなんて、不思議な気分ですよね。近年では私たちの生活のあらゆるところにコンピュータが入りこんでいます。たとえばコンピュータは何台にも同じ知識を持たせることが可能ですが、人間はそうはいきません。つまり、人間の知能を機械的な情報処理を行うシステムとしてとらえている、ということになります。

人間の知能は、経験したことを整理し、知識として蓄え、それをもとに新しい事態に対する理解を進める。そして推論が使えない場合は、直感による判断も行います。でも私はコンピュータが苦手なので、この講座はあまり受けたくないかもしれません(笑)。

認知心理学2

コンピュータを人間に少しでも近づけるためには、この「知識」を蓄えさせなければなりません。心理学の講座を受講する私たちもいつも簡単に普通に使っているコンピュータにも、このような積み重ねで改良されているのですね。これまでの研究では、その「知識」には大別して2種類あることがわかってきています。コンピュータに思考させるためには、人間がどのように思考しているのかを研究する必要があります。

脳全体の動きをカバーできるようなコンピュータがこれから出来たとしても、どれぐらい大きいものになるのか予測もできないのだとか。もう一つは「車を動かすにはキーを差し込む」といった、何かをするための手続きを示す「手続き的知識」です。人間は長い時間をかけて蓄えた知識や実践によって物事を判断したり、新しいことを考えたりしています。では、認知心理学の分野でコンピュータを人間に近づけるためにどのような研究が進められているのか、少しのぞいてみましょう。

人間はこうした知識の蓄積をもとに、さまざまなことを判断します。講座を受けるのも、楽しいですね。色々なことを考えさせてくれる学問、それが心理学なのかもしれません。

一つは「?は?である」、例えば「○は車である」といった「宣言的知識」です。こんなに進んだ世の中でも、やはり私たち人間の身体は真似できにくいくらい素晴らしいものなのですね。このように認知心理学を考えてみると、いかに私たちの脳の出来が素晴らしいものなのかを再認識できると思います。

発達心理学

「生涯発達心理学」と呼ばれることもあります。人間の一生を通じて考えていく、という意味では心理学の講座としてもとても興味深い分野ではないでしょうか。しかし平均寿命が延びている今日、発達というとらえかたを大きく変えざるをえません。これまでは心の様々な働きを取り上げてきましたが、人間の心を全体としてとらえようとするならば、時の流れのなかでどのように心は変化するのかを考えなければなりません。

発達心理学は、発達をいう概念をとらえなおしつつ成人期や老年期にまでその研究対象を広げなければならなくなったのです。その前提には、人間は成人で「完成」したあとは、成長がとまり、衰えていくだけだという考えがあったからです。この角度から人間の心を考える学問を「発達心理学」といいます。

発達心理学は大学でも専攻されているところも多いでしょうし、講座としても開設されていることが多いようです。心理学においても、比較的最近まで、発達とは胎児から青年にいたるまで、つまり成人になるまでの過程をさしていました。つまり、成人となったときまでだけでは、カバーしきれないことが出てきた、ということですよね。

新しい発達心理学は、発達とは受精から死にいたるまでの、人生のすべての時期にわたってあらわれる、成長と衰退の様相、と定義されるようになりました。このような発達心理学の変遷も、時代の流れのようでとてもおもしろいものです。「発達」という言葉には、一般に成長し続けるというプラスのイメージにとらえられがちです。

人間の性格や行動について

最近は心理学がブームなので、心理学自体がこのような性格を見抜く学問であるかのように思われている面がありますが、性格を研究していく分野は人間の心の大きな全体を認識するための一部分の試みにすぎません。やっと心理学の講座でお馴染みの「臨床心理学」が出てきましたね。ですから、性格についての文章などで一喜一憂するのは馬鹿らしいことだと思います。「変わらない」性格と「変わる環境」との間で、絶えず行動を調整していくことがなされなければうまく生きていけないことになります。

不適応が続くと世間で一般的には「心の病」になったと考えられますが、このような状態は誰でもなることがあります。この「変わらない」部分であり、「その人らしい」と言われる部分が「性格」と呼ばれるものなのです。性格は、「比較的一貫したその人の行動傾向」との定義づけがされています。しかし一方私たちの周りの環境は生きている限り、必ず絶えることなく変化していきます。

心理学の講座で学ぶということは、そんな心理学の正しい姿を知っておくためにとてもよいことなのではないでしょうか。あなたは同窓会などで久しぶりに会った友人と、お互いに「昔と変わらないね」などと言葉をかわしたことがあるのではないでしょうか。日によってそういう日もある、ということはみなさんも感じているのではないでしょうか。環境と性格との間で一定の均衡状態が保持されることを「適応」といい、環境との間で性格が食い違ってしまうことを「不適応」といいます。

医療の分野でも、この呼び名を使うこともありますよね。そして、この環境に不適応である状態から適応している状態への変化を支援する方法を模索する分野を「臨床心理学」といっています。そのこともあって、心理学では「患者」という言葉を使わないで「クライエント(依頼人)」と言う言葉を使います。

性格理論

性格に関する理論は様々にあります。心理学の講座を受講される方でなくても、この分類には興味があるのではないでしょうか。
日本人は性格テストや血液型による占い、などが大好きですものね

(類型論)

○フロイトの構造論

怒られたことに腹をたてて人にあたるのが「置き換え」。そしてその状態を避けるために、自我は「防衛機制」を働かせます。防衛機制の例としては、例えば講座で怒られたときに、ぐっとがまんするのが「抑圧」です。

私は、心理学で分析するまでもなく「逃避型」ですね・・・・。フロイトは独自の性格理論を展開しています。

あれこれと言い訳を考えようとするのが「合理化」、怒られたことを逆にばねにして自分を成長させようとするのが「昇華」です。他にもある問題から逃げる「逃避」、本来の思いと逆の行動をとってしまう「反動形成」などがあります。

彼の理論では、自我が現実や衝動的行動、道徳感との折り合いによって疲弊してしまい、機能をやめた状態が精神疾患だととらえました。フロイトは、防衛機制が人によって様々であることから、性格の違いが生まれるのだと考えたのです。

●クレッチマーの3類型
彼は、体型と性格とを関係付けて類型化しました。彼によれば、人は3つのタイプに分類できるといいます。
・細長型=繊細ではあるが社交的ではなく、無口な真面目タイプ。敏感で神経質な面と、鈍感で温和な面を持つ分裂気質。
・肥満型=気分が高揚した状態と気分が沈んだ状態とが交代で、あるいは一方だけが極端に現れる型で、概して善良であり社交的な性格。そううつ気質。
・筋肉質型=几帳面な性格で粘り強い身上、義理にも厚いが時に爆発的に怒りが現れる粘着的な気質。

●ユングの2類型
・外向型=心理的エネルギーが外に向かう。行動的。
・内向型=心理的エネルギーが内に向かう。理論的。
「彼は外向的な人だ」などという言い方は、ユングのこの理論からきているのです。すっかりなじんでいるので、意外な感じですよね。

神経症にはどのようなものがあるのか

心の障害について、どのようなものがあるのか典型的なものを心理学の講座を受ける前に頭に入れておくといいでしょう。このような理論やテストパターンを使って、人間の心におこってしまう障害の解決をはかっていくのが「臨床心理学」という学問です。

この前の文で、性格理論について簡単に見てきました。

これらは、今日かなり話題になることが多いので、講座でも出てくることかとは思いますけれどもね。

まずは「神経症」です。おなじみの言葉で言うと「ノイローゼ」ですね。以下にその例を挙げます。
●不安神経症:不安が主な症状です。いつも漠然とした不安がある慢性的な不安と、呼吸困難(過呼吸などが有名ですね)、めまい、はげしい動悸などに襲われる突発的な発作などがあります。
●強迫神経症:いくら考えないようにしても、しつこくある考えが浮かんでくるなど、ある行為を繰り返さないといけない、という強迫めいた考えにとらわれてしまって、苦しむことです。
たとえば、忘れ物がないかどうかが気になって確認を繰り返し、そのことが長くなってしまってきりがなくなり、結局外出ができなくなる、などの症状があります。
●ヒステリー:心理的なことから、立てないなどの身体的にあらわれる転換型、過去のある期間の記憶を喪失してしまうことなどを示す解離形の2型があります。
フロイトはこのヒステリーの研究をもとに、葛藤から疾病が起こることを実験して精神分析を学問として作りあげたのです。

そのほか、先端への恐怖、隙間への恐怖などの「恐怖症」、気分的に憂うつな状態が継続されてしまう「抑うつ神経症」、少しの体調の悪さによって、そのことが重大な病気であるかのように思いこんでしまう「心気症」。
自分がわからなくなってしまうという現実感のないような症状を示す「離人神経症」などがあります。
このような心理学の症状は、身近なものが多いですよね。

「心の風邪」うつ

講座できっちり合う療法を学び、実践してみるのもよいと思います。心理学の講座を受けるみなさんにもおなじみの、一般に「うつ病」と言われている病気は、最近では「?障害」と障害、という呼称をつけて呼ばれることが多いのです。そして決断ができなくなるために仕事をするにしても難しい状況になってしまいます。人生に絶望感を持ってしまうために、自殺願望を生じることも珍しくありません。睡眠においては、心に悩みを抱くと当然出てくる症状ですが、寝付きが悪くなってしまいます。

考えをまとめることが難しく、集中力も下がってきます。そして、その中でも軽いものは「心の風邪」と呼ばれ、年齢をあまり問わずに多く見られるようになりました。しかし近年では薬物での治療が発達してきています。そして、色々なことが心配になるあまり睡眠不足となり、朝は早くに起きてしまうなどの症状が出てきます。うつの発生のメカニズムについては不明な点が多く、医療技術が進んだ今日でも原因がはっきりしているとはいえません。

症状としては、感情的な落ち込みのために、何事にも興味・関心が持てずに、絶望感や悲しみが続き、何事もネガティブにとらえることしかできなくなります。そのなかでも特に多いのは、中高年ですかね。そうは言っても悩む人は多く、心理学の講座を受ける人のなかには身内の人のこのような症状に悩む人もいるのではないでしょうか。身体症状としても頭痛や腰痛、発熱などの不調を生じ、だるさを覚え、何もかもがどうでもよくなったりしてしまいます。そういうように前向きに考えて薬物治療にあたりましょう。

うつでない人でも、このような気分に陥ることはバイオリズム的に見ても時折あることから、自分がなかなか病気だとはわからないのです。やはり勤めていて、集中できないとなると業務に支障を生じることは容易に想像できますよね。近年自殺増加が問題になっていますが、中高年の自殺の背景には、心の風邪である「うつ」が内在していることが多いようです。また、この抑うつ気分は朝が特に重症で、夕方からは徐々に軽くなってくるという特徴があります。つまり、誰にでもかかりうる病気だということです。

精神分裂病とは

スイスの精神医学者J・ブロイラーが命名したことによって「分裂病」という言葉が生まれました。心理学の講座を受けようとしているみなさんも、「精神病の患者はみんな怖い」と思ったことがあるのではないでしょうか。その後、連合主義は衰えたにも関わらず、「分裂?病」という言葉だけが残ってしまったのが、この言葉が今日に至っている理由なのです。このような心のトラブルを抱えたクライエントに対して、催眠療法、自立訓練法、精神分析療法、行動療法、認知行動療法、クライエント中心療法、集団療法など個人にあった方法で臨床心理学ではクライエントの社会復帰を目指していきます。しかし、この病に対する理解は、そうした報道によって深まるどころかかえって誤解が広がっている気がします。

冒頭に触れた誤解について少し触れておきます。そこに、その人がたまたま病的な要素を持っていた、というのが正しいのです。近年では薬での治療が進歩していて、薬での治療を続けながら、生活上の訓練(基礎的な生活が送れるように)を通して社会復帰を目指した働きかけをするのが最近の傾向なのです。精神分裂という心の病を抱える人は、100人に1人と言われていますが、実のところ発症の原因はわかっていません。当時、哲学では、人間が認識するには感覚的な要素が結びつく必要があるとする「連合主義」という考え方が主流を占め、その影響でこの精神病も心の要素が分裂してしまう状態の病として考えられたのです。

服薬を続ければ、社会生活を普通に過ごしていける人も多いのです。この病気は人によって様々な症状が現れることもあって、症状も一定しません。「分裂病」については誤解されやすい表記なので、心理学の講座を受ける方々はこのようなこともぜひ学んで欲しいと思います。「分裂病者が犯罪を起こした」かのように報道されることがありますが、犯罪は「性格」の要因が大きいものです。

確かに何か犯罪が起きたときに、「空から命令された」などの供述をする人もいて、やはりこの病の印象は悪くなっているように思います。何かいい名称はないものでしょうかね。ときおり、犯罪の報道などを通じて「精神分裂病」という言葉に触れることがあります。幻聴が聞こえたり、自分が人間ではない史上の存在である誰かに操られているように感じられたり・・・といった妄想を抱くことも少なくないのです。

社会心理学とは

自分と誰かの2人きりの場合もあるでしょうし、2・3人から数十人の人が集まる「集団」、さらには「世の中」という意味での「社会」、最も広く考えた意味での「世界」などなど、いろいろな広がりをもって考えることができます。どこかの集団に入りたい、と臨むのはどのような心理からなのか。多くの広告には、このような社会的心理学の研究によって得られた結果が使われているのです。それに対し、複数の人間が存在する状況(社会的状況)での個人、あるいは諸個人の行動、感情、経験の科学的分析を行う心理学を「社会心理学」といいます。たとえば、ホラー映画を見て「怖い」という感情だけを取り上げるのならば、個人心理学の領域になりますが、「怖いから誰かと一緒にいたい」という心の動きを取り上げるのならば「社会的行動」ということになり、「社会心理学」の対象になります。

初対面の印象は何で決まるのか。広告を心理学の対象とするならば、個人の消費行動を増大させる広告とはどのようなものなのかを研究し、より効果的な広告の提示の仕方について考えていくわけです。心理学とは、このようにすばらしく広い範囲の学問なのです。今まで述べてきた感覚や知覚、記憶や学習など個人の炉のメカニズムを研究する心理学を「個人心理学」と呼びます。

集団の機能とは、そしてその集団の中だけで通用する価値観などはいったい何から生まれるのか。このような個人の社会的行動の科学分析が進めば、それを予測することも可能となり、制御することも期待されます。ほんとうに心理学の範囲は広いものです。心理学の講座から、まさかこのようなことにまで発展していくとは思えませんよね。

わかりやすい例をいうと、広告があげられます。このように考えていくと、「みんなの輪のなかに入れない」と悩む自分の気持ちは何からきているのか、など心理学の講座を受けるあなたの悩みがどこにあるのか、もわかってくると思います。社会と一口に言っても、その種類は様々です。あなたはどこにしぼって勉強したくなりましたか。

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